615 St. Peter Street・ルイジアナ州兵器庫
スペイン領土時代、ここは刑務所&留置場でした。1803年にルイジアナ州がこの場所に兵器庫を建設し、クレオール人とアメリカア人とを問わず州で最高のファミリーの子息によって組織されたルイジアナ軍が駐留。現在はルイジアナ州博物館の一部となっています。スペイン兵器庫に向い左へ2,3歩行くと、Cabildo Alley(カビルッド横丁)という短い路地があり、その先に長い通路があります。これが、
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Pirates Alley (海賊横丁)
かつてジャクソン少将軍が、この路地のどこかでジャンとピエール・ラフィートといる二人の海賊達と、来るべきニューオリンズ防衛について打ち合わせをしたという伝説があります。Royal Streetへ向かうと、
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Royal とOrleans Street
の交差する位置にある、セントルイス大聖堂庭園の裏側に出ます。鉄のフェンスで囲まれた小さな庭園の中央にある大理石の像は、ナポレオン三世下の海軍大臣によって建てられたものです。Royal Streetを横切ってOrleans Streetに入り半ブロック、右側にあるのがホテル。正面入り口すぐ上部分に注意してほしいのが、
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717 Orleans Avenue オーリンズ・ボールルーム
ここは1817年、ジョン・デービスという人が名高いボールルーム(舞踏場)を開いたところです。デービスはまたここでオーリンズ・シアターを開き、アメリカでのフレンチ・オペラ創始者となります。
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St. Louis Cathedral セント・ルイス大聖堂
この大聖堂は、合衆国内では最も古く、現在の建物は三番目のもので、1849年から1851年頃完成。
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フレンチマーケット
ニューオリンズの中で、この建物は165年以上にもわたってずっともっとも活気のあるところ。マーケットには新鮮な野菜やフルーツがずらりと並んでいる売り場があり、現地の食文化に触れることが出来ます。昔ながらの老舗から新しい店、おしゃれなレストランや、ビストロ、コーヒーショップ、工芸品などがあり家族みんなが楽しめるものでいっぱいです。
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The Cabildo カビルド
スペイン領土時代、この建物には植民地統治の評議会(Cabildo)が置かれていました。鍛鉄でできた素晴らしいバルコニーの手すりは、ニューオリンズにおけるスペイン占領時代の最高傑作とされており、マルセリーノ・フェスナンデスの作とされています。2階には、サラーカビデューラーとして知られる部屋があり、ここが1803年、フランスがルイジアナ購入に関わる土地をアメリカに譲渡した場所です。現在はルイジアナ州博物館の一部となっています。展示物の中には植民地「設立の石」(1699年)と呼ばれるものや、ナポレオン・ポナパルトのデスマスクなど貴重なものまであり歴史を感じさせます。
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Jackson Square ジャクソン広場
プレビデア、大聖堂、カピルトに面した緑のオアシスがジャクソン広場です。軍隊の訓練用地としてつくられた広場は、一世紀以上もの間The Placed' Armes(フランス国旗の支配下)として知られていました。後ろ足で立つ馬にまたがったジャックソン将軍の銅像は1856年、彫刻家Clak Mills (クラーク・ミルズ)の作で、二本の足が空中に浮いている騎馬像としては世界最初のものです。この像は1815年、ニューオリンズの戦いで彼がイギリス軍を破ったのを記念するものです。
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1140 Royal Street, Lalauri House お化け屋敷!!
この街で最も有名な個人住宅。Edmond Dufossatによって建てられました。その後LaLaurie家が買収。さて、どうしてお化け屋敷なんていわれているのでしょう?それは表向きは華やかな社交イベントの舞台としていつも来客の絶えない賑やかなこの家にある事件が。。。実は華やかな生活の裏で召し使い達がとんでもない目にあっていたのでした。1834年に火事が発生。近所の人がカギのかかっているドアを破って煙りの立ち込める部屋に入ってみると、餓死寸前の7人の召し使い達が無惨な態勢て首と足を鎖で繋がれているのが発見されました。その後、LaLaurie一家は怒った群衆に追われ、逃亡しました。この家はその後、改築されましたが、それ以来、この家からうめき声や叫び声が聞こえるそうです。。。
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まだまだ沢山見所はあります。ぜひ実際にニューオリンズに訪れてご自分の目で足で歴史的情緒あるれる街並みを散策してください。
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